MACPOWER 1997年3月号より転載

ひらけ Go Mac! パソコンでハンディをカバーする

障害者の在宅就労を目指すNPO
プロップ・ステーションが神戸に進出

―― インターネット講習会を開催 ――

大阪で5年前から積極的に活動するNPO(非営利組織)プロップ・ステーションは、コンピューターを活用して、障害のある人の社会的自立を支援してきた。パソコン講習会で障害のある人たちのスキルアップを図ったり、阪神大震災では情報発信の拠点になるなど、その活躍はマスコミに多数取り上げられている。今年から神戸にも事務所を設置。障害のある人自らが講師を担当するインターネットセミナーや神戸マップ作りなど、新たなプロジェクトを始動させた。

「Challengedを納税者にできる日本」を目指して


図1 機関誌「フランカー」は季刊。セミナーの様子やChallengedの活躍ぶりなど、読みごたえがある。表紙の絵は絵本作家の鈴木純子さんが描いている。


写真1「ナミねえ」ことプロップ・ステーションの竹中ナミ代表。彼女の熱意に動かされる支援者は後を絶たない。

プロップ・ステーションといえば。福祉分野に携わる人なら知らない人はいないといわれるほど知名度の高い組織。障害のある人がコンピューターを利用して在宅で就労する道を模索している。コンピューターセミナー(Windows/Mac)を通じて障害のある人たちや高齢者のスキルアップを図り、障害者自身の手で機関誌を発行したり、企業からの仕事の依頼を受注し、在宅就労の実績を積み重ねている。

このように、体系的に障害者の就労を支援、推進する団体は国内でもまだ多くない。竹中ナミ代表は「むしろ、行政がやるべき仕事を、NPOが代わりにやっているんです」と憤る。

ほかにも、障害のある人の自立に関するカウンセリングや、会員専用BBSプロップ・ネットの運営などが障害者自身の手で進められている。

機関誌「フランカー」(図1)の編集長・桜井龍一郎さんは、重度の頚椎損傷により自力で起き上がることも困難だが、セミナーで習得したDTPソフトの技術を駆使して、自宅のベッドの上で編集を行う。役員の坂上正司さんも、わざわざ電動車いすで通勤するよりも、竹中代表らとの打ち合わせは主にネットですませるなど、在宅就労のモデルケースを実践している。

プロップ・ステーションのキャッチフレーズは「Challengedを納税者にできる日本」。「チャレンジド」とは、障害のある人を表す新しい米語「the Challenged]にならっている。米国の障害者の自立生活運動の中から生まれた呼称で、同運動は障害者の基本的権利を定めるADA(Americans with Disabilities Act)方を1990年に制定させるまでの高まりを見せた。

プロップでは、障害のある人が自ら社会的自立を勝ち取る積極的存在となるようにとの願いを込めて、「チャレンジド」という呼称を日本で定着させようとしている。それを支援する団体名「prop」には「支え、つっかい棒」という意味がある。
「ナミねえ」の愛称で親しまれる竹中代表は神戸出身。迫力ある関西弁がつっかい棒の名にふさわしい包容力を感じさせる(写真1)。自らも現在24歳になる重度心身障害の娘さんをもち、神戸で障害児向けおもちゃライブラリーを運営したり、障害者自立支援組織の事務局長を務めるなどボランティア活動を重ねて、`91年にプロップ・ステーションを設立した。

竹中代表は、これまでの経験の中で2度、プロップの方向性を決める確信をしたという。設立前に収集したアンケートから、障害者がコンピューター技術の習得や、それを生かした就労への意欲が高いことを知り、改めて「コンピューターはChallengedのための武器になる」と確信した。また、阪神・淡路大震災時に通信ネットワークを活用して行った被災者の支援活動では、「通信ネットワークを利用すれば障害のある人も在宅就労が可能だ」と確信し、興奮を覚えたという。

障害のある人とない人が自然と支え合える神戸に


写真2 左から、プロップの役員であり、神戸マップを担当する坂上正 司さん。竹中代表をはさんで、プロップ神戸でセミナー講師を務める岡本さん、石田さん、吉田さん


写真3 プロップ神戸のセミナーには、さまざまな障害をもつ人たちとその介助者に加えて、一般の小中学生とその父母が参加。1台のMacに何人もの温かい眼差しが集まった

同センターは、講習会が開かれる毎週土曜日午後2〜4時までをプロップ神戸に解放している。12台のPower Mac7500/100は専用線を通じてインターネットに自由にアクセスできるという恵まれた環境だ。10回コースで、ワープロ/ゲーム/グラフィック/インターネットの使い方/ホームページ作成──などを学ぶ。

講師は、プロップのコンピューターセミナーでMacを学んだ3名が仕事として担当する。(写真2)。障害のある人の新しい職域の可能性を広げようという考えだ。

岡本敏己さんは印刷所に勤務。機関誌「フランカー」の編集委員でもある。両手が動かないため、足でコンピューターを操作する。脳性マヒがある石田圭介さんは、デザイン・版下制作の会社を設立。出身校である境養護学校でコンピューター倶楽部の非常勤講師も務める。吉田幾俊さんは、脳性マヒの全身性障害があり、車いすを使用。半年間のMacセミナーを受けた後、独学でアニメーションを制作し、`96年には関西電力が彼のCG作品を買い上げた。

同セミナーは、障害のある人(年齢制限なし)だけでなく、一般の小中学生も受講対象となる。竹中代表は「未来の神戸を担う子供たちが障害のある人と一緒にコンピューターを学びながら、自然で暖かい関係を育てて、将来は障害を持つ人と持たない人が支え合って仕事をするような神戸になってほしい」と、神戸の街づくりに対するプロップならではの夢を語った。

ほかにも、デジタルカメラやビデオを活用した神戸マップ作りを予定している。障害者や震災復興を全面に出した市民運動色が強いマップではなく、あくまで楽しめるものにする考え。機関誌やホームページにも掲載していく予定だ。

この日のセミナーでは、Netscape NavigatorとSimple Text を使用。講師を主に務めた岡本さんは、足でキーを叩きながら声を張り上げた。受講生はわからないところをボランティアに聞き、関西弁が飛び交う終始和やかな雰囲気の中でセミナーが行われた。(写真3)。

在宅就労の早期実現には行政側の意識改革が必須

プロップは(株)野村総合研究所とともに`95年から、慶応大学の金子郁容教授が主催するVCOM {*1}プロジェクトの一環として、障害者の在宅勤務のための実験事業を進めている。具体的には、インターネット上でのホームページの数や内容を調査し、メールで報告するというもの。この実験から、在宅であることや障害の有無は問題にならないことが証明された。

問題となるのは、(1)通信回線料が高い、(2)コンピューターとモデムの規格がメーカーごとに異なり、設定が難しい、(3)企業と障害者の間に有効な教育およびコンサルティングの体制がない──の3点だという。特に(3)については労働省の意識改革が求められる。障害者雇用にインターネットは欠かせないという認識のもとに、障害当事者が受講できるセミナーを開催したり、企業を指導したりする必要がある。

しかし、障害者雇用のシステムを作るには、労働省だけでなく、省庁を越えた連携が必須になってくる。そこで竹中代表は、郵政/厚生/労働/文部──など、各省庁で働くキーマンに個人としての参加を呼びかけた。

「Challenged Japan Forum」と名付けられた集いでは、竹中代表の熱意にうたれた各省庁の理解者や研究者のほか、障害者の就労問題に先駆的に取り組む企業関係者などが一堂に会した。これまで東京と大阪で各1回ずつ開かれており、当事者と情報を交換しながら、今後の課題を継続的に検討している。

行政の変化を待つだけではなく、遠隔地に住む当事者を対象に、インターネットメールを使った講習会も始めた。現在、岩手/新潟/長崎---などの各県で計6名がデータベース設計講座を在宅で学んでいる。実務者養成を前提としているため毎週課題を提出して、落第もあり得るというかなり厳しい内容だ。

これら竹中代表のアイデアを実現できるのは、周囲に強力な支援者、支援団体が集まるからだろう。プロップ・ステーションは、その名のとおり、人々の支えを足がかりにして着実に「障害者」のイメージを変えつつある。

(鐵川浩美)

{*1}VCOM--慶応大学大学院の金子郁容教授がとりまとめる研究プロジェクト。阪神・淡路大震災の救援・復興活動を支援する情報ネットワークを作ろうと、複数の商用ネットワークにまたがる情報網インターVネットが企画されたのが始まり。現在では、インターネットやインターVネットを利用してさまざまな規模と種類の「情報コミュニティー」作りを支援し推進することを目的としている。企業や団体などの支援を得て、次世代の新社会システムを模索するさまざまなプロジェクトが進められている。
URLはhttp://www.vcom.or.jp

●プロップ・ステーション事務局
TEL&FAX 06-881-0041

●プロップ神戸オフィス(震災復興事業)
TEL 078-845-2263 FAX 078-857-8758

●ホームページURL
http://www.prop.or.jp/

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