日本経済新聞 1996年7月15日より転載

モデルづくり着々

在宅勤務、障害者に光

パソコンの性能向上とインターネットなどネットワークの充実で、夢物語に過ぎなかった在宅勤務が現実のものになりつつある。関西における導入状況はあまり芳しくないが、重度の障害を持つ人たちの間では技術革新の力を借り、在宅勤務のモデルづくりが活発だ。ネットワーク社会の到来で、障害者や高齢者の就労機会は着実に増えている。


パソコンとネットワークを活用、在宅勤務の道が開けつつある

パソコンで現実に

「インターネットが一般に浸透しきっていない今が正念場」。大阪で障害者の在宅勤務を支援するNPO(非営利団体)、プロップステーションの竹中ナミ代表は強調する。昨年12月、プロップステーションは野村総合研究所と共同で「インターネットを利用した障害者の在宅雇用モデル作り」をスタートさせた。

障害者の自宅とオフィスをインターネットで結び、在宅勤務の可能性を探る試み。現在3人の障害者がこのプロジェクトに参加、すでに千件近くのデータが集まった。今年5月までだった当初予定を11月まで延長する。

大阪市住之江区の児島加代子さんは若年性関節リユウマチで幼少のころから車いす生活を続けている。今年は毎朝10時から午後2時半まで自宅パソコンに向かうのが日課になった。日本電信電話(NTT)のホームページの新着情報を選び出し、種類、内容、特徴などをまとめるのが仕事だ。

「障害者が就労するうえで最大の難関は、仕事そのものより通勤など仕事と直接関係のない部分」(竹中代表)。児島さんも昨年就職活動をしたが、通勤がネックになり仕事は見つからなかった。車いすごと乗れるタクシーもあるにはあるが「値段も高いし早い時間でなくなってしまう。毎日の通勤には使えない」(児島さん)。プロップステーションからの依頼をチャンスと思い飛び付いた。

野村総研の西埜覚氏は「会社に出ないことを前提にすれば在宅勤務の問題点がより鮮明になる。ネットワークがどれだけ通勤にとって代われるかを試したかった」と話す。

障害者が不便を感じないほどに駅にエレベーターが設置され、車いすが通りやすいように歩道が改修されるにはまだ時間がかかる。重度の障害を持つ人が在宅勤務している例が少なかったことも、「重度の障害者に働く道はない」という固定観念に拍車をかけてきた。

しかし、少数ではあるがほぼ完全な形の在宅勤務を実践している人もいる。

プロップステーションの創設メンバーの一人、坂上正司さんはネットワークのメンテナンスやコンピュータープログラムの製作を担当している。仕事はすべて管理人を務める兵庫県宝塚市のマンションでこなす。

坂上さんはラグビーの練習中の事故で手足はあまり動かせない。指も不自由なためパソコンのキーひとつをたたくのにも苦労する。それでも「通勤の困難さに比べたら大した苦労ではない」と語る。

腕を大きく動かさなくても済むようなソフトをパソコンに組み込んだ。「音声入力システムも試したが使いにくかったのであきらめた」。自ら働きやすい環境を意欲的につくりあげている。

通信費など課題も多く

しかし、障害者の在宅勤務にはまだ克服すべき点も多い。例えば通信費の問題。仕事を完全にネットワーク上で遂行するにはより多くの情報が送れるデジタル専用線が必要。専用線だと通信費の精算はしやすくなるが「現時点で専用線は月に最低でも十万円はかかる」(西埜氏)。

通信するためのモデムなど在宅勤務に欠かせない機器の故障にはどう対応するのか。「最近は出張サービスを行う会社もぼちぼち出てきているが、まだ満足のいくものではない」(西埜氏)。

さらに報酬に見合った仕事をするのに必要な専門知識や技能の習得には人並み以上の労力を求められる。

「高齢化時代を迎え身障者の問題が一層身近になってくる」(竹中代表)。厚生省人口問題研究所の発表によると2025年には65歳以上の高齢者が全人口の26%を占めるという。高齢者の介護や自分白身の長い定年後の生活を考えると、自宅で仕事をしなければならない時代がすぐそこに迫っている。

自分で好きな時に仕事ができる、毎朝の通勤ラッシュに悩まされることもない、といった仕事の効率以外の観点から在宅勤務に取り組む必然性が出てきている。

(経済一部小山隆史)

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