ASAhIパソコン 1996年7月1日号より転載

パソコンとの出会いで復活、「在宅勤務者」に

中和 正彦

前号本欄では、野村総研などが発足させた研究組織「サイバー社会基盤研究推進センター」(CCCI)が行っている、障害者の在宅就労の実験を紹介した。この実験で、実際にインターネットのウェブ検索の仕事をしたのが、大阪府堺市に住む山崎博史さん(32)だ。

山崎さんは19歳の冬、交通事故で瀕死の重傷を負い、「けい椎損傷で上腕以外は不随。一生車イス生活」と宣告された。「人生終わった」と絶望し、ただその日を過ごすだけの生活に沈んでいった。 

転機は5年に及ぶ「屍(しかばね)時代」(本人談)の後に訪れた。友人に誘い出された飲み会で、中学時代の同級生・景子さんと再会して交際、反対する彼女の家族を説得し、結婚したのだ。   

山崎さんの意識は変わった。「何が何でも仕事をして稼がなければ」。しかし仕事は見つからない。そんな時、ラジオで偶然耳にしたのが「大阪のボランティア団体・プロップ・ステーションが、障害者が自立するためのパソコンセミナーを開催している」という情報だ。即座に電話した彼は、いきなり尋ねた。「仕事できますか?お金儲けできますか?」。

代表の竹中ナミさん(5月15日号参照)の答えは「君が頑張れば」だった。山崎さんはそれまで、ボランティア団体は「よしよしと優しくしてくれるところだ」と思ってたが、「そんなに甘くない」という意味の答えが返ってきた。見学の時は、パソコンなど見たこともなかった山崎さんには、用語の意味が全然わからない。しかし、その場でセミナーの受講を申し込み、パソコンも購入。「投資をした以上、モノにしなければ」と、週一回のセミナーに加え、毎日自宅でも勉強した。わからないところはパソコン通信で主催者に質問し、約1年半で「一太郎」などの主要ソフトとプログラミングを学んだ。

修了後の昨年春、プロップを通じて会計管理ソフトの仕事を受注し、車イス生活になって初めての収入を得た。その時はうれしいというよりも「これを仕事にできるかな」という将来への希望の方が大きかったという。そんな山崎さんに昨年秋、再びプロップを通じて打診があったのが、今回のCCCIの仕事だった。

「インターネットなんてやったことなかったし、大企業の仕事。不安はありました。でも、えり好みはしていられません。『とにかく、チャンスはモノにしなければ』という気持ちだけで受けました」

CCCIの仕事はこの5月に半年の契約が終了し、新たに半年間更新された。山崎さんの仕事ぶりが評価されたことは前回伝えたとおりだ。いま山崎さんの希望は大きく膨らんでいる。「まずは安定した仕事が欲しい。もっと付加価値の高い仕事にも挑戦していきたい。そして、いつか自分の事務所をもちたい…」。愛妻・景子さんとの結婚で「屍時代」に完全に終止符を打ってから3年後の言葉である。

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