INTERNET User 1996年5月号より転載

第4回 ウェッブ・マスター訪問

「チャレンジドを納税者にできる日本」を目指し、インターネットの積極的活用に取り組むプロップ・ステーション

プロップ・ステーションは、障害を持つ人が自立して社会参加することを目指して活動しているNPO(草の根非営利団体)である。とくに、パソコンやネットワークを利用することにより、在宅で仕事ができるよう支援することを活動の柱としている。プロップとは「支え合い」を意味する言葉。障害を持つ人たちを支えながら、障害を持つ人たちも支える側に回れることを目標としている。障害を持つ人を表す新しい米語『the challenged』に共感し、日本でもこの呼び名が定着するように「チャレンジド」という言葉を使う。

自立と社会参加にパソコンやネットワークの活用を

「プロップ・ステーション(略称:プロップ)とインターネットの出会いは、中野先生がきっかけなんです」。こう語るのは、プロップの設立者であり現在代表を務める竹中ナミさん、通称『ナミねぇ』である。

中野先生とは、プロップの顧問である中野秀男氏(大阪市立大学教授・学術情報総合センター準備室)のこと。「あるオフライン・ミーティングで中野先生と出会い、インターネットこそ障害を持っている人が活用するとさまざまな可能性が広がりますよという話をうかがって、これだと思ったのです(竹中さん)」。

プロップのホーム・ページは、1995年9月に開設された。ページのトップには、最近の活動内容についてのトピックスがあり、続いてプロップに関する説明、活動内容、機関紙のコーナーとなる。「プロップどこでもドア」と称し、テャレンジド関連情報や他の npo/ngoへのリンクも張られている。

プロップの設立は1991年5月にさかのぼる。当初からコンピュータやパソコン通信の活用を目指してきた。計画された当時、全国の障害者1300人に「仕事をしたいと思うか」とアンケートをしたところ、回答者の8割が「仕事をしたい。仕事をするためのツールとしてコンピュータに大きな期待を抱いている」と答えた。しかし現実は「重度障害者のための勉強の場がない」、「技術を生かしたくても仕事がない」、「外出が困難なので通勤できない」とないないづくしであることも同時に分かった。「こんなに働く意欲を持つ人が多いなら、コンピュータを柱に障害者の就労促進を目指す活動をしよう」と、竹中さんは決心したという。

現在のプロップの会員数は 250人強、そのうち3分の1がチャレンジドである。

受発信する手だてがなかった人にとって
ホーム・ページは非常にプラスになる媒体

ホーム・ページ開設後の最大の変化は「取材がめちゃ増えたこと(竹中さん)」と楽しそうに笑う。「毎日 50から100通のメールが届きます。返事を書くだけで一日が終わることもありますが、これだけの人がプロップのホーム・ページを見てメールを送ってくれるとはすごいことだと思います」とその威力を実感しているという。

ホーム・ページのメンテナンスは小船隆一氏が全面的に担当している。小船氏は、 npo/ngoが、いかにコンピュータ・ネットワークを利用していくかを、支援する団体・JCA(市民コンピュータコミュニケーション研究会、 url:http://www.jcs.or.jp/index-j.html)のメンバーだ。昨年の震災直後にプロップと出会い、プロップの活動に共感して、ホーム・ページのメンテナンス役をかって出た。「活動の紹介などのコンテントは、ナミさんやその他のコア・メンバーが作ります。そのデータをメールで受け取り、サーバーに置くのが主な作業で、unixマシンの設定などは技術に詳しい人が自発的に担当してくれます(小船氏)」とのこと。小船氏はプロップ主催のホーム・ページ作成セミナーでの講師も務めている。

ホーム・ページは、大阪・日本橋でコンピュータ・ショップを経営しているイージーネットという会社の協力で、お店のサーバーに置かせてもらっている。「コンピュータに強く、『思い』を持っている人たちが集まって、手弁当で力を合わせて支えてくれているのです」と、竹中さんはさまざまな人たちの協力があってこそと強調する。

ホーム・ページのヒット数などの数値的なデータは、今のところとくに把握していないとのこと。「まずは、見やすく、内容が濃い、しかも電話代がかからないページにしていきたいですね。どのようなご意見でもいいので、気付いたことや希望することなどを教えて欲しい」とコンテントに気を配る。

重度障害者の在宅勤務への道を開く、
野村総研との実験プロジェクト

プロップでは、野村総合研究所と共同で「インターネットを利用した障害者の在宅雇用モデル作り」の実験プロジェクトを行っている。金子郁容氏(慶應義塾大学大学院教授)主宰のvcomプロジェクトの一環でもあり、インターネットの活用によりテャレンジドと企業の双方にメリットのある雇用形態が生み出せるのかを明らかにすることを目的としている。

山崎博史(31歳)氏は、この実験参加者の一人だ。19歳の時の自動車事故がもとで頸椎を損傷した。胸から下が麻痺し、車椅子生活となった。指もほとんど動かない。プロップ主催のコンピュータ・セミナーを卒業し、現在プロップ・ウイングに所属している。府立高校の成績管理システムや貿易会社の会計管理システムなどを、「桐」というデータベース・システム(管理工学研究所が開発・販売)を利用して開発する。

このプロジェクトにおける山崎氏の担当内容は、インターネットに開設されているホーム・ページを調べ、レポートすることである。自宅から毎日nttのホーム・ページの新着情報にアクセスする。作業には98とdos/vマシン、トラックボールと「km」というキーボード入力を簡略化するフリーウェアを使用している。

山崎氏と野村総研の担当者とのやり取りはすべてメールである。野村総研の担当者と会ったのは最初の一回のみで、インターネットへの接続などは、プロップの実務部門であるプロップ・ウイングの専従技術者、鈴木重昭氏が担当した。

今はインターネットを使いこなす山崎氏だが、2年前にプロップと出会うまではコンピュータとはまったく無縁だったという。「通勤できなかったので、とくに仕事をしようとは思っていませんでした。けれど28歳の時に結婚することになり、結婚するなら仕事せなあかんなと、職を探し始めたのです。なかなか職が見つからなかったところ、偶然ラジオでプロップが障害者が自立するためのコンピュータ・セミナーを開いていることを知り、これだと思いました。ここで初めてコンピュータに触れました(山崎氏)」という。「インターネットは情報量が膨大で、すごいと実感しています。こうやって仕事をするようになってから、とても充実感のある毎日です」と山崎氏は語る。

なお、竹中さんによる実験開始2か月半後の中間報告をプロップのホーム・ページで読むことができる。

機関紙「flanker」の発行は
パソコン・ネットとdtpを駆使して

「flanker」は季刊で発行されているプロップの機関紙だ。a4版で毎号約60ページ。最新号は no.14である。頸髄に損傷を持つ桜井龍一郎氏がボランティアで編集長を務めている。

桜井氏は大学時代の体操競技で鉄棒から落下しチャレンジドとなった。彼は1991年に労働省が在宅勤務の通達を出して認定された、在宅勤務第一号である。在宅でコンピュータ・グラフィックスを作成する仕事を本業としている。

flanker の編集会議、校正、レイアウトはすべてパソコン通信を利用して行われている。テキスト原稿は主にプロップ・ネットでやり取りする。テキスト原稿ができあがったところで「プロップFCネット」というマルチメディア・パソコン通信ネットを利用して仕上げる。「プロップFCネット」は first classというguiベースのパソコン・ネットで、macintoshとwindows両方で使えるものだ。

桜井氏は、山崎氏とともにホーム・ページ作成のセミナーを受講した。彼らが作ったホーム・ページも見ることができる。

機関紙発行に欠かせないプロップ・ネットは、パソコンやネットワークを学ぶチャレンジドの人たちと技術に詳しいボランティアの人たちとの交流の場でもある。ここで質問すれば、すぐに回答が返ってくる。山崎氏もプロップ・ネットでさまざまな質問をしたという。このプロップ・ネットはインターネットにもuucp接続されている。

高齢者社会イコール障害者社会、
老後のためにも経済のしくみを変化させたい

「コンピュータの知識が豊富で高い技術を持つ人から『僕には発信するものがない』といわれたことが印象に残っています。私たちには技術はなくても発信したいことがたくさんあります。チャレンジドの人たちには、ネットワークを利用して勉強して、その成果もネットワークで発揮していってほしい」と竹中さんは望んでいる。

「障害にもいろいろあり、全面的に支援を必要とする人とそうではない人がいます。障害者手帳を持っているかいないかだけで働き手を切り分けてしまっていいのか大いに疑問です。とくに、今後は高齢化社会、かつ少子時代となっていきます。実は、障害者手帳所持者の6割が高齢者なんです。チャレンジドの問題と高齢者の問題は、もう切り離しては考えられません。まして、今後ますますお金が必要な社会になったとき、当人の働きたいという意志を無視するのは決してよいことではありません。自分自身の老後のためにも、経済のしくみを変えなければと思っています(竹中さん)」。

在宅勤務の可能性は広がりつつある。「プロップでは、高度情報化推進協議会のホーム・ページのメンテナンスを年間契約で受けることになりました。大きな一歩です(鈴木氏)」とこのと。また、竹中さんはマイクロソフトの成毛社長との面談の折、「テャレンジドは windows95の大きなモニター集団でもある。チャレンジドにも使える商品こそ、これからの市場を押さえていく」という点で意見の一致をみたことを契機に、同社からネットワークを活用したチャレンジドの仕事を、受注することになったという。「企業には社会貢献の責任もあります。今ある仕事の中でチャレンジドに向いている仕事や、チャレンジドこそやってほしいという新しい仕事を創出し、互いにメリットある付き合いをしたい(竹中さん)」。

コンピュータは媒体、ツールであり、大切なのは自分がどういきていくのかである。「車いすで簡単に行ける店、そこまで行く方法など、本当にその店まで行った人たちの生の情報をネットワークで提供していきたい。そうすれば、チャレンジドの人たちは、さらに自力で行動することができるようになります(鈴木氏)」。「チャレンジドの人が、コンテントの編集にもっと携ってもらえるようになってほしいですね(小船氏)」。「今後は徐々に意見交換やアンケートなどができるホーム・ページにしていきたい。インターネットを利用しているチャレンジドがどのくらいいるかの調査など、シンクタンク的な活動と並行して、インターネットを使った仕事のできるチャレンジドのデータベース作りを早急に始めたい。在宅勤務のための民間の職安というか、紹介とコンサルタントができる態勢を整えたいと思っています。実は来年度から障害者の法定雇用率が1.6%から1.8%にアップするという状況なので企業にはこういったニーズが非常に高いんです。4月には登録の呼びかけを始め、人材を掘りおこしたいと考えています(竹中さん)」。

プロップの活動を支える人たちの熱い思いがひしひしと伝わってくる。チャレンジドたちがコンピュータやネットワークを自在に使って仕事をする日がくるのも近い。

ページの先頭へ戻る