月刊アスキー 1996年3月号より転載

ワン・ステップ通信

インターネットへの大きな期待と
見えてきた在宅就労の可能性

ずいぶん前の話になるが、'91年12月号の本コーナーで設立準備段階の「プロップ・ステーション」を紹介した。コンピュータを使うことによって重度障害者の自立と就労を実現しようとする人たちが集まったのだ。その後、正式に活動を開始して会員は約250人になり、目標に向けて着実な歩みを続けている。メンバーの3分の1は何らかの障害を持っている人たちだが、たとえ重度の障害を持っていても働く意欲のある人たちだ。

今回は、プロップ・ステーションの代表である竹中ナミさんのお話を中心に、現在の活動を紹介し、最近の障害者就労の状況などをお伝えする。

「障害者」とはもう言わない

去る1月22日に、大阪で「challenged(チャレンジド)分科会」という勉強会がにぎやかに開催された。この分科会は、ソフトウェア技術者協会(software engineers association:以下SEAと略)の関西グループと、プロップ・ステーションの共催で一昨年の12月から1〜2ヶ月に1回の割合で行われている会合だ。

SEAとは、企業や大学、研究所などのソフトウェア技術者を中心に情報交換や交流を目的に設立された団体で、いわばプロフェッショナルの集まりである。つまりchallenged分科会は、ものを開発する側の人とエンドユーザーが一緒に話をする場を持つことで、情報へのアクセス方法や技術支援について考えていこうという勉強会なのである。

ところで、米国では障害を持つ人のことを「the challenged」と呼んでいるそうだ。何かの目標に向かって前向きに生きているというイメージがして、とてもいい響きがする。プロップ・ステーションでは、日本でもこの呼び方を定着させたいと、日頃からchallengedの言葉を使っていて、分科会にもこの名前をつけたということである。

challenged分科会は、SEAの数ある分科会の中でもちょっと毛色が違っている。というのも、そもそも分科会は技術者が集まる会合なので一般の人には難しい専門用語が飛び交う。以前は、ユーザー側の立場の人が参加することはなかったそうだ。しかし、SEAの幹事である、中野秀男氏(大阪市立大学教授)に誘われて分科会に出席するようになった竹中さんが、この新しい分科会を提案した。「いつも難しい話ばかりで、それはなぜかと考えたら、結局、より使いやすいソフトウェアを作るため。じゃ、いったい誰が対象でどんなふうに使いやすくなればいいの? っていう話になりました。案外、技術者の人も悩んでいるんです。自分の技術が誰にどう活かされているのかが見えないから。エンドユーザであるchllengedと技術屋さんが集まって意見を出し合う場があってもいいでしょ」と竹中さんは言う。challenged分科会が始まったのはそんな発想からである。もちろん誰でも自由に参加できる。

1月の分科会では、インターネットをテーマに、WWWのホームページ作成という新しいビジネスの可能性についてや、在宅就労のための実験プロジェクトの紹介が行われていた。

ニーズに合わせて活動が広がった

「ナミねぇ」こと竹中さんの機動力はつとに有名だ。現在の活動の始まりは、約5年前、全国の重度の障害者を対象にアンケートをとったことにさかのぼる。そのときの回答から分かったのが、「パソコン関係の仕事に興味がある」「でもパソコンを習う場所がない」「習っても評価してくれる人がいない」「評価されても仕事がない」「仕事があっても通勤は難しい」ということだった。これらの壁をひとつずつ破っていくことがプロップ・ステーションの目標なのである。

まずは、障害者を対象にしたコンピュータセミナーを開催した(macと98のコースがあり、機材やソフト、場所の提供はすべて企業からの援助、講師はボランティア)。開始してから約4年、現在までの受講者は100人ほどになる。このうち実際に仕事につながりそうな人はやっと1割ぐらいと状況は厳しい。しかし、「コンピュータを使えば重度の障害を持つ人も仕事ができるということがようやく具体的に見えてきた」と竹中さん。

たとえば、頸髄損傷で鎖骨から下が不自由な桜井龍一郎氏は、労働省の在宅勤務制度の適用を受けてCG関係の会社で働いている。その一方で、プロップ・ステーションのスタッフとして機関紙『Flanker』の編集長の仕事をこなす。また、同じ障害の山崎博史氏は、受注に応じて、学校の業務管理システムや貿易会社の在庫管理システムの開発を手がけた。

上記のような受注制作を行う、実務部門の「プロップ・ウィング」は、 '94年に発足。ここでは上級者向けのセミナーも行っている。最近始まったばかりのセミナーは「HTMLの書き方」だ。先の分科会では5人の受講者の作品発表があり、また、受注制作第一号も紹介された。

まだ未知数の世界だが、インターネットでの新しい展開に、期待がかかる。「HTML」が最初からセミナーの予定に入っていたわけじゃないですが、課題は次々と生まれるんです。どんどん進化していくコンピュータやネットワークは本当は何の役に立つんだろうと考えたとき、実はchallengedの人たちにもっとも恩恵を与えるとしみじみ感じます」と竹中さんは言う。

在宅就労のノウハウを探る

会員への連絡、役員の会議、『Flanker』の編集作業など、プロップ・ステーションの活動の基盤となっているのはパソコン通信の「プロップ・ネット」だ。パソコン通信は、昨年の震災のときも安否をはじめとするさまざまな情報交換に威力を発揮した。「弱者と言われる人も日頃からネットワークを使いこなして孤立することを避けられたら、いざというときもっと役に立つだろうと思います」という言葉には、実感がこもっている。また、障害者の在宅勤務もネットワークなしでは成り立たない。昨年、プロップ・ネットはインターネットへもつながった。

このインターネットを使って、障害者の在宅雇用に関する実験プロジェクトが昨年12月から行われている。野村総合研究所との共同によるもので、在宅の障害者とオフィスとの連絡などにインターネットを使い、障害者(前述の山崎さんが参加している)が情報アクセスを行う実業務を通して、在宅の障害者を雇用する場合の問題点などを、リサーチしているのだ(詳しくは、http://www.ccci.or.jp/remote.htmlを参照のこと)。

現在の法律では、従業員300人以上の会社の場合その1.6%にあたる人数の障害者を雇用しなければならないことになっているのだが、なかなか実現されていないのが現状だ。「そうは言っても」と竹中さん。「会社の人事担当者も、実際雇用したくてもそのノウハウが分からないと悩んでいる人が多いんです。プロップがやっているのは、世の中にあるニーズをどうchallengedと結びつけていくかというノウハウ作りです」。

「また、重度の人はほとんどみんな在宅勤務を希望しています。だから次のプロップの課題は仕事を取ってくること、つまり営業部門を作ることです」。プロップ・ステーションでは、在宅勤務の社員がいて、元気な人が営業を担当するような事務所を作ろうと計画しているそうである。課題はつきない。

プロップという言葉は支え合いを意味するそうだ。現代は高齢化社会。20年後には、4世帯に1人は車いす使用者がいるという計算もあるそうだ。誰もが支えてもらわなければならない状態になりうる代わりに、誰でも支える側になれる可能性もあるのだ。そうした可能性にパソコンという道具はなくてはならない存在になっているのである。 (増田)

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