月刊セデ第7号 1995年10月10日号より転載

特集 コンピュータと障害者

働く武器としてのパソコン その1

1991年5月、兵庫県西宮市の福祉団体「メインストリーム」は、障害者の就労支援システムをつくり、全国の重度障害者1300人に就労意識調査をおこなった。

その結果、解凍の8割が「就労のツールとして、コンピュータに大きな期待を抱いている」と答えたのである。しかもそのうちのかなりの人々が、独学でコンピュータの勉強をしていることがわかった。

しかし、こうしたコンピュータへの熱意は空回りしていた。「重度障害者のための養成期間がない」「自分の実力を評価する手だてがない」「実力があっても生かす場がない」(外出が困難(体だけでなく街の状況も含めて)なので、在宅勤務がしたいがそんな仕事がない)…。

それなら、そうしたことを可能にするための組織をつくろう―当時、メインストリーム協会の事務局長をしていた竹中ナミさんは決心した。

それが「プロップステーション」の始まりだった。

障害者を納税者に」を目指すプロップステーション
NEC98とMACの初心者からプログラミング講座までを開設

現在、プロップステーション(以下、プロップと略)では、NEC98とMACという2種類のコンピュータについて、それぞれ実習セミナーを開催している。NEC98は、一般事務で広く採用されており、MACは、印刷・デザイン関係の業務分野に強い。NEC98の場合、初心者講習とプログラミング(ソフト開発)講習の2コース、MACの場合は初心者講習、中級者講習(作品制作)、プログラミング講習の3コースがある。基本的に週1回、夜間に開催され半年で終了する。たとえば、NEC98の初心者コースで12名、プログラミング講習で6名だ。

「これまでセミナーの修了者はのべ80名ほど。今、6期目を開催中です。

今期の申し込みは100名ほどありました。生徒募集は新聞の社会面やお知らせの欄で協力していただいていますが、掲載されたとたん2〜3日は電話が鳴りっぱなしになって、トイレにも行けなくなります。」そう語るのは、プロップ代表の竹中ナミさん。

「文化教室ではない」―目的意識を持つ人だけが講座を受講できる

プロップでは、セミナー参加者を選んでいる。応募者全員を順番に受け入れるわけではない。むしろ、断ることも多いという。
「まず、目的意識をしっかり持った人を受け入れます。『何とか仕事にできないか』『どうしても覚えたい』という強い意識を持った人です。」プロップがやっているのは“文化教室”ではないのだ。自然。応募してきた人の電話応対にも熱がこもる。話を聞いて、最終的にokかどうか決定するまで一人の応募者に20分30分とかかる。

そうやってセミナーにやってくる熱心な人たちだが、最初のうちは問題もあったと言う。
「スタートした当初は、受講料を無料にして、機械も貸し出しました。そうしないと勉強できないと思ったので。」ところが、現実は逆だった。いくらやっても成果が上がらないのである。「タダだと、ぜんぜん勉強しないのですね。」

今は、セミナーの1回の受講料を2000円とし、機械はできるだけ早いうちに自分で買うことを原則としている。さらに、プロップの会員となることも義務づけられている。「プロップでは、コンピュータを教えるボランティアの人も、会費を払って会員になってもらっています。教える側も習う側もみんな会員であり、対等なんです。」

パソコン通信も実習し週1回しかない講習をフォローする

表は、NEC98初心者講習のカリキュラムだ。ワープロ、CAD(*)表計算、データベースとひととおりのビジネスソフトの使い方を学べる。

しかしここでもっとも注目して欲しいのは、基本操作を学んだあと、個々のソフトについて実習する前に、パソコン通信のやり方を勉強する点である。「週1回の講習だけでパソコンの使いかたをマスターするのは、なかなか困難です。そこでパソコン通信を使って、生徒がわからないことを質問したり、講習の内容をフォローしたりするシステムにしました。」

プロップでは、独自のパソコンネットとして「プロップネット」を開設している。このプロップネットのメニューに「セミナールーム」というコーナーを設けてあるのだ。パソコン通信なら、好きな時に書き込めて、解答も好きな時に読める。教える側も、実習の補足をこのコーナーでやり、次回の講習への課題も指示できる。しかもそうした通信上のやり取りをみんなが自由に見ることができるから、成果もまたみんなが共有できるのだ。

(*) cadは設計図を描くソフトで、たとえばcadで描いた部品は、camというソフトを通じて、自動的に生産することが可能

「セミナーを受講してずいぶんと積極的になってきました」

NEC98の初心者講習を見学させてもらった。場所は、大阪城にほど近い日本電気関西支社のセミナールーム。同社は会場を無償貸与してくれている。

夕方6時過ぎ、車椅子の人や、知的障害を持った人が、どこからともなく集まってくる。セミナーのスタートは6時半。受講生とほぼ同数のボランティアが、講師としてマンツーマンでソフトの使い方を教える。この日は初心者が8名、プログラミングを学ぶ上級者が2名出席していた。

初心者講習では、英文や異なる書体の文字が混じった課題文書を画面上に構成するワープロの実習をやっていた。若い女性の生徒さんに話を聞くと、「家が自営業でコンピュータを使っているので、納品書や請求書が作成できたり、顧客のデータベースが作れるようになりたい」と目標を語ってくれた。彼女は両足に障害があり、年ごろだけに、ひっこみじあんになっていたと言う。それが、この講座を受講したことで、ずいぶん積極的になった。ボランティアと直接向き合うのではなく、あいだにコンピュータがあることも、緊張しがちな気分を楽にさせてくれたという。「いろんな障害の人がいて、健常者もいて、そんな混沌とした中にいるのは、とても勉強になります。将来は、人に教えてあげられるように技術を高めたい。そういう目標が持てたことが、とても良かったと思います」

会場には、ちょうど「asahiパソコン」という初心者向けコンピュータ雑誌の記者も取材に来ていたが、彼はこうした障害者向けのパソコン教室は、日本では他にあまりないのでは、と言っていた。パソコンメーカーのショールームは各地にあるのだから、そうしたところを利用させてもらえば、教室を開くこと自体はそう困難なことではない。

要は、企業やボランティアをうまく組織し、障害者の意欲をひろいあげる人がなかなかいないと言うことだろう。

スローガンは「障害者を納税者にできる国にせよ」

「私は、『障害者を納税者にできる国にせよ』って叫んでいるのです。」
竹中さんはそう言う。

竹中さんは、障害者にことさら「働け」と叱咤しているのではない。社会で一番大きな“バリア(障壁)”をかかえている障害者が働ける環境を作ることが、女性や高齢者の働く環境を整えることにつながると考えているのだ。

しかし、彼女のそうした考えを理解できない障害者も多い。とくに重度の障害者の中にそうした傾向が見られるらしい。「私は、障害者からけっこう嫌われています。『何で俺らに働け、働けって言うんや。それより、年金の金額が少ない方が問題やないか』ってね。でも私は、『あんたも支える側に回れる人や』って説明するんです。

障害者の中には、働く気のない人がとても多い。それは、日本の世の中がそう仕向けてきた部分が大きいのである。「障害者は、社会が養ってやるものだ」という誤った“保護者感覚”が、障害者から「やりたいことをやる」チャンスを奪い、最終的に人間としての誇りさえも奪っているのだ。
「そうした誇りを取り戻すためのも、自分のやりたい仕事をやれるということが、とても重要だと思うのです。」

つまりこれが、プロップのめざす「障害者を納税者にできる国にしよう」という主張の意図なのである。竹中さんは、障害者が世の中をうらみ、世の中と対立するのではなく、世の中に貢献する存在になってほしいのだ。「そうなれることに、みんなが気づいてほしいのです。」

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