ASCII 1991年12月号より転載

ワン・ステップ通信

福祉団体と企業が結び付いた 障害者人材バングの設立に向けて

就労意欲や能力はあるのに、職に就けない障害者の数は多い。一方、コンピュータソフト開発関連の事業を行なっている中小企業では、プログラマなどの人材不足が深刻な悩み、この2つの問題の解決を目指して、障害者と企業のパイプ役を務める「プロップ・ステーション」の設立準備委員会が今年の春に発足した。プロップとは支え合うという意味。福祉団体と企業、そして障害者自身が協力して、障害者の就業を促進しようと、より多くの人に呼びかけている。

お互いに知らず、それぞれに悩んでいた

活動のきっかけはパソコン通信で生まれたという。聴覚障害者で結成されているニューメディア・コミュニケーション研究会(本部・西宮市、会員数約30人)のメンバーが、「障害者はなかなか職に就けない。障害者雇用を促進するための企業向けセミナーを開催する準備をしませんか」という内容のメッセージを大阪のBBSにアップロードした。これを、日本ユースウェア協議会(関西の中小コンピュータ関連会社187社からなる)の会長を務める松浦歳宣氏が読んで関心を持ち、連絡をとったのが最初だった。松浦さんは社員10人を擁するFAソフトの開発会社を経営しているのだが、ちょうど人材確保に悩んでいた時期だったそうだ。

この連絡がきっかけで、ニューメディア・コミュニケーション研究会と交流のある福祉団体のメインストリーム協会(本部・西宮市、会員数約300人)、全国頸髄損傷者連絡会(本部・東京都、会員数約500人)なども協力して、障害者の就業を促進する基地「プロップ・ステーション」設立の準備を始めた。「これまで私たちコンピュータ関連の企業は、人材不足と言いながらも戦力としての障害者には目を向いていなかった。また障害者や福祉団体のほうは権利の獲得などが活動の中心で、障害者の能力や働く意欲をアピールする場所がなかなかなかった。別々の方向を向いていた両者が結び付いたというのが、今回最も興味深いことなのではないか」と松浦さんは言う。

プロップ・ステーションでは、第一の活動内容として、障害者への就職に関する相談事業を行なっていく。情報提供のためにパソコン通信を積極的に利用する予定だ。また、障害者に対するコンピュータ実務訓練や、プログラマ、オペレータに育成する事業、企業に対する雇用セミナーなども行なう予定である。

障害者へのアンケートで、労働意識を再認識

さて、準備委員会がまず行なったのは、障害者約1300人(視覚障害、聴覚障害、肢体不自由を含む)への就労意識についてのアンケートだった。主な内容は、現在会社などに勤務しているか、その仕事に満足しているか、また仕事があれば就職したいと思っているか、コンピュータ関係の仕事に関心があるか、障害者と就業に関する意見―など。「どのくらいの回答が返ってくるか分からなかったけど、予想以上に反響があって驚きました」と準備委員会の竹中ナミ代表は言う。

委員会では、予算の関係から返信用封筒も同封せずにアンケートを郵送したそうだ。しかし、1カ月ほどの回収期間中に、約200通の返事がきた。その半数以上は肢体不自由の重度障害者で、中には履歴書を送ってきた人もいたという。一般企業で働く障害者ももちろん存在するが、重度になるほど就職は困難となり、その分意欲のある人が目立つ(図1参照)。

「ベットの上で仕事ができれば」と書いてきた人もあったそうだ。たとえ動けない場合でも、コンピュータと通信を利用した在宅勤務も考えられる。わずかながら、すでにそうした形で仕事をしている人もあるが、今後もっと一般的になってほしい就労形態である。

障害者自身も参加して設立を支援

準備委員会のメンバーには、視覚障害者、聴覚障害者、頸髄損傷者など、障害者が名前を連ねる。その中の1人である亀山英昭氏は全盲の障害者だ。「これまで、たとえば視覚障害者の仕事といったらあんま、針、灸が主で、一般の企業に運良く就職できるのは弱視の人がほとんどでした。でもコンピュータの発達は、どんな障害者にも新しいチャンスを与えてくれたと思う」と亀山さん。

亀山さんはプロップ・ステーション設立のニュースを新聞で読んで連絡をとり、一緒に活動することになったという途中参加の人。実はそれまで、準備委員会の人さえ視覚障害者がどれほどパソコンを自由に使いこなせているかを知らなかったのだそうだ。「そうした認識が不足しているのは職業安定所の人も同じ。企業の人事課のようなところでも同じです。」と亀山さんは言う。実際に就職活動を行なってそれを実感し、視覚障害者でもコンピュータが使えることを少しでもアピールしてやれ! と委員会に連絡をとった亀山さんだった。しかし、松浦さんのような考え方をする企業側の人や、障害者も積極的に生きることを主張する竹中さんに会い、ついには設立に協力することになったという。

今、準備委員会のメンバーが奔走して協力を求めているのは行政である。現在、障害者雇用の実践を見せながら、プロップ・ステーション設立の理解と金銭的なバックアップを請願している段階なのだそうだ。

2人の障害者が働く現状と、雇用拡大への期待

準備委員会がの発足を機に、松浦さんの会社(潟<hック)には、2人の障害者がプログラマとして就職し、2人の聴覚障害者がCADソフトの修得のために通っている。就職したのは全盲の山下徹氏と、ポリオの後遺症による下肢障害を持つ桑原譲氏(写真1)。働く意欲と十分な技術レベルを持ちながら、これまで就職(再就職)できなかったという人たちだ。また、聴覚障害の2人は、11月に予定されているCADの認定試験合格を目指して勉強しているとのこと。まだプロップ・ステーションは設立されていないが、すでに実践は始まっている。

ところで、現在の障害者雇用に関する法律では、300人以上の従業員のいる事業所において、従業員数の1.6%の人数の障害者を雇用しなければならないと義務付けている。しかし現状で、それを達成している会社は半分以下である。

松浦さんは、「情報処理の1種や2種の免許を持っているのに就職できないでいる人もいます。コンピュータ関連の企業の中には、そうした障害者を雇用したいというところもあると思うんです。でもきっかけがない。また、雇用した場合の助成金などの制度について、まったく知らないところが多いでしょう。そうした課題に関するセミナーなどを開くことも考えています。プロップ・ステーションは、企業と障害者に窓口を広く開けた組織にしたい」と話す。

また、松浦さんはプロップ・ステーションと協力体制をとる組織として、コンピュータ企業による「情報処理技術者育成推進協会」を設立。障害者を雇用することに関心のあるメンバーを募集している。

いまや、コンピュータを導入していない事業所を探すのが難しいくらい、コンピュータが普及した。それは、ある意味では障害者の働ける場が増えたということだ。障害の有無に関係なく、能力の有無、意欲の有無によって就職の機会が与えられる時代がもうきている。

メインストリーム協会とアテンダントシステム

プロップ・ステーション設立準備委員会代表竹中ナミさんは、「メインストリーム協会」という福祉団体の事務局長でもある。メインストリーム協会の設立は約2年前、現在の会員は約300人である。協会の主な事業は、重度障害者らにアテンダント(有料介助者)を紹介することだ。会員は、介助が必要な重度障害者、アテンダント、また障害を持っているが介助もするという人からなる。アテンダントシステムでは、障害者自身が自分のニーズに合わせて介助者を時間給で雇用する。まだ日本ではあまり馴染みがないが、アメリカでは全国300カ所以上あるCIL(自立生活センター)が中心となってごく普通に行われているという(ただし費用は、社会保障に組み込まれている)。アメリカでこのシステムが障害者の要求から生まれたように、日本でもすでに、障害者は受け身でいるだけはない。就職に関しても同じである。

「アンケートの結果から、障害を持つ人がコンピュータやコンピュータ関係の仕事に寄せる関心の高さを改めて知った」と竹中さんは言う。コンピュータが仲立ちとなって動き出したプロップ・ステーション。今後の展開を応援したい。(増田)

問い合わせ先:

● プロップ・ステーション設立準備委員会

〒662 兵庫県西宮市与古道町2−29
メインストリーム協会気付
TEL: 0798-33-3391  FAX: 0798-33-5730

● 情報処理技術者育成推進協会

 

〒666 兵庫県川西市小戸1−3−12 司ビル2F
TEL: 0727-55-0307  FAX: 0727-55-0309

写真1 音声合成装置、または画面の文字を読む触覚読書器「オプタコン」を使ってプログラミングをする山下さん(左)。桑原さん(右)は初めの頃在宅勤務をしていたが、今は毎日、松葉杖で通勤してくる。

写真2 話をうかがった準備委員会のメンバー、委員会代表の竹中さん(左)、情報処理技術者育成推進協会会長の松浦さん(中)、視覚障害者パソコン通信同好会の亀山さん(右)。

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