作成日 1998年3月吉日


プロップの

インターネットを活用した事業の現状

 この文章は、国立職業リハビリテーションセンター研究室の「移動困難な重度障害者に対するコンピュータネットワークを利用した訓練に関する研究」についての報告書に掲載されたものです。

本誌編集長 桜井 龍一郎


 プロップ・ステーション(以下プロップ)では、コンピュータを利用したchallenged(プロップでは、障害を持つ人を表す新しい米語「the challenged」に共感し、日本でもこの呼称が定着するよう「challenged(チャレンジド)」という言葉を使い始めました。)の就労支援活動を行っています。この活動の一環として、コンピュータ・セミナーを中軸の一つに置いて、さまざまな展開を行ってきました。そしてその中でコンピュータ・ネットワークを積極的に利用して、遠隔教育を実現してきました。以下にその事例を紹介します。

● プロップ・ネット

 プロップでは、会員を対象とした通信ネットワーク「プロップ・ネット」を運営し、会員相互の交流、情報交換、情報発信などに利用しています。このプロップ・ネットには、パソコン通信形式のFirstClass(FC)サーバを利用した「FCネット」、そして「インターネット(メール交換とホームページの設置)」があり、プロップのコンピュータ・セミナーで利用してきました。ここでFCサーバについて少し説明しますと、これは画像などのマルチメディア情報をGUI環境でやり取りできるサーバシステムで、専用のクライアントソフトを使って接続すると、あたかも自分のパソコンのデスクトップを操作するような感覚でメッセージの読み書きができます。メッセージには画像を張り付けることも可能で、また、データファイルの送受信も通常のパソコン通信よりも簡単に行えます。

 コンピュータ・セミナーは、challengedと高齢者を対象にした初・中級セミナーで、MACコースとWIN95コースがあり、それぞれ週1回、大阪の会場で開催しています。内容はMacintoshとWindows95の基本操作や、画像処理や表計算ソフトなどの習得で、このセミナーのフォローアップのため、主にFCネットを利用しています。セミナーに関する質問を受講生が行い、それに講師が答える、という基本的な利用方法のほか、受講生同士や受講生と一般の会員の間の交流や、セミナー内容に限らず、広くコンピュータ一般やそれ以外の内容についても、会員同士の情報交換が行われています。特にFCネットでは、他のFCサーバとの間で接続が可能であるというサーバの特性上、日本中のFCサーバの参加者との交流が可能です。

● 在宅スキルアップ セミナー

 上記のようなかたちでプロップでは以前からセミナーにネットワークを利用してきましたが、その形態はあくまで補完的なもので、本格的な利用というものではありませんでした。

 そのような中、1995年12月から1996年5月まで、通勤出来ないchallengedのリモートワーキングの可能性や課題を調査するため、プロップと株式会社野村総合研究所リモートワーキング・プロジェクト・チーム(NRI)の共同で、CCCIプロジェクト「障害者リモートワーキング」実験を行いました。その結果、スキルアップも在宅で行えるシステムが必要であるとの問題点が浮き彫りになりました。。

 この結果を受けて1996年8月から、基礎技術を持っておられる遠隔地のchallengedを対象に、インターネット・メールを使った「在宅スキルアップセミナー」を開始しました。内容は、Access95の基本操作と、VBAの基礎から応用までの学習で、Access95によるシステム構築の作業に参画できる設計技術の習得を図り、プロップのデータベースプロジェクトメンバーとして在宅勤務で開発業務に参画できうる技術の習得を目指します。

 また、1997年9月からは、従来の「データベースAccessコース(以下DBコース)」に加えて、マイクロソフト株式会社およびマイクロソフト社員会と共同で「翻訳者養成コース(以下翻訳コース)」も開始しました。セミナー修了後は「プロップ翻訳challengedチーム」として、マイクロソフトのアメリカ本社から送られて来るニュースリリースの翻訳などを在宅で行える人材の育成を目指します。

 在宅スキルアップセミナーの基本的な実施方法は、受講生募集、オリエンテーション、テキスト配布、Q&A、実力考査など、セミナーの全ての行程をインターネットを使って行う、ということです。

 広報は、口コミ、マスコミ報道、パソコン通信やメーリングリスト(以下ML)、プロップのホームページ(http://www.prop.or.jp)などで行っています。受講資格は「向上心と就労意欲に溢れたchallengedで、勉強のための自己投資ができる方」で、あらかじめある程度の基礎知識のある方が受講対象になっています。また募集人員も数名〜10名程度で、少数集中型のセミナーになっています。

 受講料は、週2,000円×4=1ヶ月8,000円(6ヶ月コースの場合、48,000円)で、これに加えて会費+機関誌購読費=年間8,000円を頂いています。ただし、受験テストを受けるなど、受講が決定するまでは無料です。

 受講費は講師家庭訪問費、講師機材費、セミナー運営のための事務局費に充当しています。1997年12月1日現在、事務局には様々なメーカーのデスクトップマシン十数台がWAN/LANで繋がっており、インターネット専用回線1本、ISDN回線2本、一般回線4本を使用して、各種セミナーと在宅ワークの拠点となっています。こうした機器や回線の維持は残念ながら受講費だけでは賄えないので、公私にわたる助成申請などを行いながら運営しています。担当する専従の技術スタッフも有給者は1人だけで、ほとんど休日のない状態で働いている、という過酷な状況です。現在の任意団体の形態を早く脱し、経済的に安定した基盤を持ちたい(公益的な法人格を取りたい)、と願っていますが、あまりに先進的な活動のため、企業の信頼は得られつつありますが、厚生省、労働省や自治体など、公的機関の理解がなかなか得られない、というのが実状です。

 受講生は、毎週1回配布されるテキストに基づき自宅で学習を行い、テキストに添付されている課題に対しては、1週間以内に答案を提出します。質問などは、随時行うことが可能で、一両日中に講師が回答します。

 講師は、DBコース、翻訳コースともに、長年の経験と実力を持たれた方々が必要経費のみ受け取られる形でボランタリーに担当しています。MLにはマイクロソフトの社員がボランティア・アドバイザーとして多数参加しています。

 このセミナーでは、リモートワーキングに直結する高度の技術を持ったプロフェッショナルを育成することを目的としています。そのため、各コースとも6ヵ月間の受講期間の間には中間の実力評価があり、この時点で一定の実力に達していない方には受講を終了していただくという、かなり厳しい内容になっています。

 現在までの結果・状況をまとめますと、DBコース第1期は受講生6名で、卒業生のうち2名がマイクロソフトほか1社に在宅採用され、1名が地元作業所会計ソフト担当者に就任しました。また、3名はNTTからの仕事などを在宅で行っています。この3名は、第2期セミナーのボランティア・スタッフとして、後輩の指導もしています。第2期は受講生12名で現在講座継続中です。1名が「レベルが高くて無理」という理由で、自ら退会されました。第3期を現在企画中で、初級コースはホームページを使って、希望者は誰でも無料で受講出来るようにする計画です。また、第1期修了生と講師、スタッフで、DB研究会を発足し、超プロのプログラマーを目指して研究活動を開始しています。  翻訳コースでは第1期、受講生8名が現在前期コースを受講中で、3ヶ月目に中間テスト実施後、合格者が後期へ進む予定です。受講生のうち2名は全盲者です。「企業に勤務中だが、進行性の障害なので、在宅ワークのための勉強をしておきたい」ということで受講された1名が、「勤務先の配置転換により、勉強を続けらない状況になった」との理由でリタイアされました。

 在宅スキルアップセミナーの現時点での問題点としては、DBコースの場合、

・個別のQ&Aの指導においては、たとえば NetMeetingによる相手方画面への直接操作が行える環境が好ましい。

・受講終了後の在宅勤務を長期的・安定的に続けるため、受講者宅を訪問して相互の信頼感醸成が必要。 などが挙げられます。

 前者については、NetMeetingやTV会議システムなどを使用すれば、お互いがお互いのデータにアクセスしながらの講座が可能となりますが、双方がISDN回線であることや、機材、ソフトの整備予算などが必要なので、将来的な課題となっています。

 後者については、受講を終え在宅ワークを始める際に、本人の氏名や年齢、居住地、技術力以外に、障害像、家庭環境、家族の協力体制、使用機器、どのような方法でマシン操作をしているか、1日何時間くらい作業が可能か、などをプロップがきちんと把握していないと企業とのコーディネイションが出来ないという理由から行っており、受講中に講師が受講生宅を訪問しています。受講生の状況把握だけでなく、一度顔を合わせることで以後のコミュニケーションが円滑になるという一面もあります。

 課題はまだまだありますが、基本的には支障となるような問題はないと考えています。むしろ授業において障害が直接見えない分、また 1週間というスパンの中で学習をすればよいことから、先生・生徒ともに遠慮なく、のびのびと学習できるメリットがあります。  この在宅スキルアップセミナーは、ネットワークをフルに利用した本格的な遠隔教育といえるもので、このような形態のセミナーの成功が、企業側のchallengedを在宅雇用する際の参考事例として役立ち、リモートワーキングの促進につながることを期待しています。

● プロップ神戸 プロジェクト

 1995年1月に起こった阪神・淡路大震災では、プロップの活動にも少なからず影響を受けました。プロップの発足の地が阪神間であるということもあって、多くのスタッフや会員、またその家族が阪神間に住んでおり、その多くが被災しました。災害直後の安否確認や、その後の給水情報など、生活に密着した情報の入手には通信ネットワークが大いに威力を発揮しました。しかしその一方、通信ネットワークが利用できない者にとっては何の役にも立たなかったという問題点も浮き彫りにしました。

 そこでプロップでは1997年1月より、神戸オフィスを拠点に、震災復興に寄与するための事業「プロップ神戸プロジェクト」をスタートし、この活動の中で、challengedの子供達を対象としたインターネット・セミナーを開始しました。このセミナーは、早い時期からコンピュータやネットワークに親しむことにより、将来リモートワーキングや、そこに至るための遠隔教育が必要となった際、スムースに受け入れができるようになるための基礎体験をしてもらうことがねらいです。

 講師は、プロップのセミナーを修了したchallenged自身が行い、ワープロ、ゲーム、お絵かき、インターネットアクセス、簡単なホームページの制作などを体験してもらっています。

● 筆者自身のこと

 プロップでは現在まで、遠隔教育に関連する、上記のようなかたちの活動を行ってきました。通勤が困難なchallengedにとっては、遠隔教育やリモートワーキングは非常に有効な手段です。これを可能としたのはインターネットをはじめとする通信ネットワークの発達です。私自身も頚髄損傷による四肢マヒで、生活の多くの面で介助が必要な状態ですが、プロップの活動を通じて大阪のビデオ制作会社に在宅で勤務するようになりました。プロップでは機関誌「FLANKER」の編集に当初から携わっております。最近では障害者の就労に関するディスカッションの場として開設された「cwf-open」というMLのコーディネーターを務めさせていただくことになりました。  これらの活動はいずれも通信ネットワークを利用しており、私にこれらの活動が可能になったのも、通信ネットワーク抜きには考えられません。このように外出が困難な私のようなchallengedにとっては、社会参加の大きな武器になる通信ネットワークが、遠隔教育を含むあらゆる分野で有効利用されて、私、そしてchallengedの希望を叶えてくれるものになることを願っています。


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